2010年 01月 16日
煮込み 追記 |
ブログで色々書いていると、困ったことに脳味噌があれも書け、これも書けと騒ぎ始めます。
元々詰まっていない脳味噌が下手に回転して、こうやって文言を捻り出している内に夜中になってしまうのですが・・・(笑)。
そう、”煮込み”で上手く終われなかったので追記です。
料理そのものを説明調で書くよりも、その周辺を述べた方が面白い気がしてきたここ数日(少なくとも私は面白いです。)・・、そうそう、テーマは”煮込み”でしたね。
昨晩アップした仔羊の写真を思い浮かべながら手短に書いてみましょう。
最初に思うのは、「わぁ、なんて柔らかい!!」と言うお客さんの反応です。
もちろん、「上手く煮込まれてるね。」と、褒め言葉として受けるのですが、煮込んでいるのですから(煮込まれて)柔らかいのは当然です。
感じて欲しいのは肉の柔らかさではなく、その煮汁(ソース)なのです。
一般の、普通のお客さんに料理についてコメントを期待するのは酷かも知れません。元々、レストランの食卓で店員(や店主)を前に料理の評価をすることが習慣化されていないせいもあるでしょう。料理を生業にしている側にしても簡単ではありません。
料理は重層的な文化ですから、ある一面だけを摘まんでみても全体を味わうことは難しいと思います。食べることは誰にでも出来ますが、より豊かに味わうには、場数や知識がどうしても必要なのではないでしょうか。
肝心なのは、見る(考える)ことです。この料理は(原初的に)どうやって生まれたんだろう、どんな主題が込められているのだろう、どう食べてもらいたいのか。
先の煮込みですが、硬くてどうしようもない肉を美味しくするために、必要な副材と共に加熱した結果、その素材と技法のエッセンスがソースとなって皿の上にあること。その主題をより豊かに味わうために、この付け合わせが添えられ、脇にパンが待機していること。
焼き肉屋さんで、どの部位かも知らない肉を「このお肉柔らかくて美味しい。」と、コーラでも飲みながら激甘のタレで食べるのはアリですが、折角レストランを体験(利用)するなら、少しでもより深く、楽しんで欲しいと思うのです。
元々詰まっていない脳味噌が下手に回転して、こうやって文言を捻り出している内に夜中になってしまうのですが・・・(笑)。
そう、”煮込み”で上手く終われなかったので追記です。
料理そのものを説明調で書くよりも、その周辺を述べた方が面白い気がしてきたここ数日(少なくとも私は面白いです。)・・、そうそう、テーマは”煮込み”でしたね。
昨晩アップした仔羊の写真を思い浮かべながら手短に書いてみましょう。
最初に思うのは、「わぁ、なんて柔らかい!!」と言うお客さんの反応です。
もちろん、「上手く煮込まれてるね。」と、褒め言葉として受けるのですが、煮込んでいるのですから(煮込まれて)柔らかいのは当然です。
感じて欲しいのは肉の柔らかさではなく、その煮汁(ソース)なのです。
一般の、普通のお客さんに料理についてコメントを期待するのは酷かも知れません。元々、レストランの食卓で店員(や店主)を前に料理の評価をすることが習慣化されていないせいもあるでしょう。料理を生業にしている側にしても簡単ではありません。
料理は重層的な文化ですから、ある一面だけを摘まんでみても全体を味わうことは難しいと思います。食べることは誰にでも出来ますが、より豊かに味わうには、場数や知識がどうしても必要なのではないでしょうか。
肝心なのは、見る(考える)ことです。この料理は(原初的に)どうやって生まれたんだろう、どんな主題が込められているのだろう、どう食べてもらいたいのか。
先の煮込みですが、硬くてどうしようもない肉を美味しくするために、必要な副材と共に加熱した結果、その素材と技法のエッセンスがソースとなって皿の上にあること。その主題をより豊かに味わうために、この付け合わせが添えられ、脇にパンが待機していること。
焼き肉屋さんで、どの部位かも知らない肉を「このお肉柔らかくて美味しい。」と、コーラでも飲みながら激甘のタレで食べるのはアリですが、折角レストランを体験(利用)するなら、少しでもより深く、楽しんで欲しいと思うのです。
by comme-tu-veux
| 2010-01-16 01:00
| 日記